このページに掲載される品々は本来であれば「黒髪少女隊」に彩りを添えたであろうデータたち…

が、しかし!

 図らずも本編で使われることが無かったデータ&素材の墓標である……(チーン)


 

 

ここは東京都世田谷区の某喫茶店。
一人の男が、すっかり冷めてしまった渋いコーヒーをすすりながらテーブルを何度もつま弾いている。
灰皿の中でうずたかく山のように積みあがった吸殻が男の苛立ちを物語っていた。
また一本、その山にねじりこむと男は胸ポケットのタバコの箱が空になっていることに気づいて無造作に握りつぶす。
「……ったく、なにやってるんだ、アイツは!!」

カランカラン……。
入り口のドアについたベルが鳴り響き、店内に一人の若い男が入ってきた。ヨレヨレのパーカーにジーパン姿、無精ひげが目立つその姿は一見して苛立つ男と同種の人間であることを感じさせた。案の定、 その若い男は灰皿の山から吸えそうなシケモクを漁っているその男を見つけると気の抜けたような声で話し掛けた。

「編集長〜」
「なんだ、なんか用か?」
「なんか用か、はないじゃないですか〜。もうすぐ校了ですよ、最終チェックしてもらわないといけないのに突然いなくなってみんな困ってますよぉ」
「ああ……わかってる」
「じゃあ早く編集部に戻ってくださいよぉ」
「そうもいかねーんだよ……、久しぶりにアイツから連絡もらっちまったからな」
「アイツ? アイツってドイツです?」
「……ほら、あのハンバーグの」
「ハンバーグ……なんでしたっけ、ハンバーグ」
「……そうだよな。もう半年も前の話だからな」
「はあ?」
「覚えてねーか? 俺たちがまだボツネタ調査隊にいたあの頃のことを……」
「……あー、あの微妙なネタが多すぎて解隊になったボツネタ調査隊」
「微妙とかいうな! ……とにかくだ、あのM氏が半年振りにコンタクトを取って来たんだよ」
「だれにですか?」
「俺にに決まってるだろうが!!」

ダンッ!!と激しくテーブルが揺れて、カップの底に残っていたコーヒーが数滴宙に舞った。
カウンターの奥で店のマスターがテーブルを叩くなと抗議するように編集長を睨みつけている。

「……いいか、確かに調査隊は解隊された。だが、あのスクープのおかげで俺たちは今の編集部に拾われたんじゃねーか」
「そうでしたっけ?」
「そうなんだよ!! ったく、最近の若いヤツってのどうしてこうも自分の置かれた状況を理解してないのかねえ……」
「は? どういうことですか?」
「あのな、あれから半年、なにもスクープできてねーじゃねえか! ……おかげでこっちとら上からはスクープを期待していたのにと嫌味を言われ、下からは新参者のクセにとなじられ続けてもう後がねえんだよ」
「それは編集長の実力の問題でし…」

ゴッ!!
編集長のゲンコツが若い男の脳天を直撃して鈍い音が店内に響き渡った。

「とにかくだ、ここらで一発でかい花火をあげとかねーと俺の立場がねえんだよ! そこにおあつらえ向きにあのM氏から連絡だ。ネタを仕入れないで引き下がれるかってんだ」
「はぁ……」

口に咥えていたシケモクを憎憎しげに灰皿に押し付けて伝票の上に500円玉を放り投げると、編集長は小走りに喫茶店を後にした。
「えっ、あの……ちょっと待って下さいよ!!」
若い男もその後に続く。
「どこに行くつもりなんですか?」
「M氏のところだよ」
「へっ? でもM氏の居場所をこれから探すって言ったって……東京は広いですよ?」
「このバカッ!! 会社の住所は製品のマニュアルに書いてあるだろうが!!」
「……そういやそうですね」
若い男はにやけた顔で頭をポリポリと掻くと、白い粉のようなフケが宙に舞った。肩に降り積もったフケは彼が校了前に編集部で連泊していたことを雄弁に物語っていた。編集長は大きくため息を吐く。
「でも会社に直接乗り込むような真似しても……いいんですか?」
「向こうからこねえなら、こっちから行くしかないじゃねーか」
「そりゃまあそうですが……素直に入れてくれますかねえ?」
「そんなのは行ってから考えればいいことなんだよ。ほれ、このビルの2階だ」
「……なんか緊張してきましたよ、編集長」
「いくぞ」
「は、はいっ」
二人は入り口のドアを開けると強張った面持ちで薄暗いビルの中へと吸い込まれていった……。


「海路クンさー、そのスクリプトってコンパイル通ってんの?」
「一応通ってますけど、まだ加筆終わってないです」
「んじゃ終わったら教えて。ぱや〜、曲って差し込まれてる?」
「んーー? 終わってんじゃない? こっちはあとチェックだけ……つーか、これタイトルCG間違ってるけど」
「あれ?? そっちのフォルダから丸ごと持ってきたんだけど」
「エンジンのコンフィグファイル更新した?」
「書き換えたんか……気づかなかった。あー、ゴメン、こっちも前のファイル消してねーや」
「おおぅ。あ、ちっと誤植あったから直していい?」
「OKOK」

カチャ……。開発室の入り口のドアが静かにゆっくりと開き、編集長はそっと室内の様子をうかがった。
「(……どこにM氏がいるんだ?)」
壁際に並べられた机を一つ一つ見回して、視線が止まる。
「んじゃチェックしてくださいな、あとでパックするんで…」
隣のスタッフとなにやら会話をしつつキーボードを叩く人物の姿を目にして、編集長は小さく頷く。若い男は肩越しに小声で呟いた。
「(編集長、いましたか?)」
「(おう、いたいた)」
「(どうやって呼びます?)」
「(うーむ、まさかこのままこんにちはーって訳にもいかねーだろうしなあ。情報をリークしてもらってる立場上)」
「(じゃあどうするんです?)」
うーん、と呟きながら視線を落とした編集長は足元にスタッフが落としたらしい消しゴムを見つけた。
「(これでも投げてみるか)」
「(編集長、当てられるんですか!? 結構距離がありますよ???)」
「(バカッ、こう見えても俺は甲子園にいったことがあるんだゾ!?)」
「ウッソォ!!」

「……ん?」

若い男は思いもよらない編集長の告白に驚きの声を上げてしまった。二人の顔から血の気が引いていく。
恐る恐る顔を上げた二人は、振り返ったM氏と視線が合った。
「は、はろぉ…」

ダダダダダダアッ!!
すさまじい勢いでM氏がにじり寄って着て二人をドアの外に押し出す。
「タマチくんどうしたの?」
「な、なんでもないよ!!!」
「???」
「あー、ち、ちょっと買い物いってくるわー」
「んじゃ、なんかお弁当買ってきてよ」
「す、少し時間かかるかもしれないけど、それでもよければぁ……」
「頼むわー」
「じゃ、い、行ってくる」

バタン。
閉じられた開発室の扉を背にしてM氏は真っ赤な顔で二人を見下ろしていた。
「は、はろぉ」
「はろぉー、じゃなくて…なんでここにっ……っていうかとにかくビルを出てくださいよっ!!」
M氏はそういって二人を立ちあがらせると、そそくさと薄暗いビルの外へと連れ出したのだった。


編集長たちは再び喫茶店に戻ってきた。M氏はアイスティを頼むと、店内奥の角席に座った。
「……で、なんで直接開発室にきたんですか」
「なんで時間になっても来てくれないんですか」
「うっ……そ、それはだね、えーと……今日の夕方までに出版社へ渡さないといけない体験版があってね」
「こっちだって校了チェックを止めてまで待ってたんですからね」
「いやまあ……そりゃスマンかった。しかしなあ、直接来られると困るんだよ、何せこっちは危ない橋を渡って情報をリークしてるんだからさ」
「その割には半年も音信不通だったじゃないですか」
「くっ……い、いろいろ事情があったんだよ、ホント、ホントだってば!!」
「……まあそういうことにしておいてあげますよ」
「いやマジメにそうなんだってばさ!!」
「で、今回の情報はどんなんです?」
「…ボツデータだっけ?」
「ボツデータです」
「うーん……正直あんまりボツデータ無いんだよね
「それじゃこのコーナー終わっちゃうじゃないですか!!」
「いや、判った、判ったからそんな興奮しないで! ほんとにもう、キレ過ぎだと思うだけど」
「そんなにキレてないっすよ」
「ホントに?」
「ホントに。で?」
「……本編を1回終わらせた後、二周目のプレイで迷宮編ってダンジョンモードがあるの知ってるよね?」
「ええ、あのショボイやつですよね」
「ショボイっていうな」
「で、そのダンジョンがどうしたんです?」
「…イヤ、あれさ製品版だと迷路だけなんだけど実は最初の段階だと……戦闘できたんだよね

「な、なんですってぇ!! ……ってなんとなくそんな気がしてましたよ

「なっ、なんだってぇぇ!!(ガ―――――――ン!!)

「つうか、誰でもそう思うでしょう!!」
「やっぱそうだよね……」
「どう見ても途中まで作った感がありましたからねえ。あの部分ってマスターアップギリギリでつくったんじゃないんすか?」
「くっ……(この野郎、痛いところを突きやがって)」

M氏はウェイトレスが持ってきたアイスティーを一気に飲み干してく一息ついた。
「ふっ……悔しいがその通りだ。だがしかし……もしあの状態で実際にモンスターとの戦闘がゲームに実装されていたらどうなっていただろう」
「!? どうって……そりゃ戦ったんじゃないですかね」
「だれが?」
「プレイヤーが」
「なにと」
「モンスターと」
「……そうだよなあ。でもそれだと激しくジェーンのイベントにたどり着くのが難しくなるんだよね
「……そうですよね」
「実際、『かべのなかにいる』メッセージだけでもハマってしまった人とかもいたみたいだし、正直、実装しなくてよかったと思ってるんだヨ……」
「結果論ですよね…」
「結果論だよねぇ…」
「……」
「……」

そういったまま、二人ともしばらく宙を見つめていた。

「いずれにしろ、この途中まで作った戦闘モードの雛型付きダンジョンを君に手渡しておこう」
「M…氏」
「これを公開するもしないも、君次第だ。いつか……このダンジョンを人類の役に立ててくれる人が現れることを願って」
「……判りました。お約束します。次の世代へ語り継ぐ、人類の遺産として!!」
「頼んだぞ!!」
「任せてくださいっ!!」

がしっ!!
男たちはお互いの手を握り合い、熱い涙を流した!!
素晴らしきカナ青春!! 素晴らしきカナ愛!!

男たちの未来に、栄光あれ!!

 

 

若い男「っていうか、そんな大層なものじゃないような気がするんですが……」

本編未収録データ【ダンジョン】

 

 

 

我々スタッフは、黒髪少女隊に詳しいという黒髪少女隊情報通のM氏とコンタクトを取ることに成功した。
そこでM氏は我々にとんでもないことを打ち明け始めたのだ!


(プライバシー保護のため音声は変えています)
『ええ、実はですね……本編で使われていない音声ファイルがあるんですよ』

なんと言うことであろう!
製品に収録されるはずであった音声が実は収録されていないというのである!
…これはいわゆる『バグ』なのか?
だとすればこれまでに発表されているアップグレード及び修正差分の履歴にはそれらしいことがいない。
我々はおそるおそるM氏にそのことについて尋ねてみた。
すると、M氏は意外な台詞を口にしたのであった!

(プライバシー保護のため音声は変えています)
『いえ、バグではありません。演出面での仕様変更で使われなかったものです』

演出面の仕様変更!
つまり、「場面に合っていない」ということである!
しかし、制作にあたって予定していた演出を調整することはあったとしてもまったく使わないということなどあるのだろうか?

(プライバシー保護のため音声は変えています)
『普段であればどうにかして使います。貧乏性ですからね』

そういいながら口元を緩めるM氏。
だがその表情とは裏腹に彼はとんでもないことを口走った!

(プライバシー保護のため音声は変えています)
『…でもね、これはホントにどうしようも無かった。ハンバーグですよ、ハンバーグ』

ハンバーグ!?
ハンバーグとは一体なんなのだ!?
黒髪少女隊とハンバーグ…。
一向に話が見えない我々はその場で頭を抱えるしかなかった。

すると、M氏はおもむろに胸ポケットからカセットテープレコーダを取り出して再生ボタンを押した。
しばらくノイズが流れたあと、我々は衝撃の音声を耳にする!



ハンバーグ ( WAVEファイル239KB )

 

「な、なんだとぉ!?食べ飽きただと!?貴様にハンバーグの何がわかるというのだっ!!」
「隊長、隊長。落ち着いてください、論点が変わっています」

……し、失礼した。どうも食べ物の話になるとこう、興奮してしまう悪い癖があるようだ。

しかし、驚きのボイスファイルである。一体何が…何が本編で起ころうとしていたのだろうか!
そしてなぜ、この「ハンバーグ」は食べ飽きられてしまったというのか!?
もとい、再生されることなく本編が終了してしまったというのだろうか!!

そのとき、我々は目の前からM氏の姿が消えていることに気づいた。
そしてそこにはM氏が置いて行ったカセットテープレコーダが残るのみ。

「どうやら隊長がハンバーグについて憤りを見せている間にM氏は立ち去ったようですね」
「ああ……だが、彼はまたいつか我々の前に姿を現すに違いない。いや、そうでなくては困るのだよ」
黒髪少女隊を全て解き明かすまで、我々ボツ調査隊の戦いの日々は続く!
《以下次号》

 

本編未収録データ【ガヤ音声】

 
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